Newsletter · · Ashutosh Agarwal

メディケアが初の肥満治療保険適用を開始、イーライリリー株は最高値更新

ヘルスケアは下半期入りに際してディフェンシブなローテーション先となった。XLVは52週高値を更新し、イーライリリー株は1,238ドル近辺の史上最高値を記録。7月1日にはメディケアが史上初の肥満治療薬保険適用を開始し、製薬業界のM&Aスーパーサイクルも記録的なペースで続いた。2026年6月27日から7月3日の週の総括。

ヘルスケア・ポッドキャスト週間ダイジェスト

2026年6月27日の週:メディケアが初の肥満治療保険適用を開始、イーライリリー株は最高値更新


1. サマリー

ヘルスケアは下半期入りに際して市場のディフェンシブ・ローテーション先となり、XLVは52週高値を更新、イーライリリー株は1,238ドル近辺の史上最高値をつけた。今週の議論を支配したのは2つの要因だ。1つは7月1日にスタートしたメディケアの「GLP-1ブリッジ」(史上初のメディケア肥満治療薬保険適用)、もう1つは記録的な製薬M&Aスーパーサイクル(年初来32件・総額約1,230億ドルの10億ドル超案件)であり、いずれも同じ約3,000億ドル規模のパテントクリフ(特許切れ)によって突き動かされている。マネージドケア(管理型医療)へのセンチメントは、7月16日のUnitedHealth決算発表を前に、弱気からマージン回復期待へと静かに転換した。一方で新たな薬価・関税政策(通商拡大法232条、最恵国待遇(MFN)価格、対ドイツの通商法301条調査)がなお業界の重荷となっている。

2. 今週のキーパーソン

発言者 所属 発言・見解の要旨
Liz Thomas氏・Caleb Silver氏 SoFi / Investopedia GLP-1市場は「今後10年間、少なくとも年率10~12%で成長」、米国人の8人に1人が既にGLP-1薬を服用中。
Ken Cauley氏 IBD (Stock Market Today) 強気で、リリー株を保有。「同業種の中でも『キャデラック』的存在」と評価。
David Reisinger氏 Leerink (CNBC出演) メディケアの肥満治療保険適用は「リリー、ノボ両社にとって年間10億ドルの増収要因」になり得る。
Tyler Crowe氏・Lou Whiteman氏・Matt Frankel氏 Motley Fool 年初来「10億ドル以上の案件が32件、総額1,230億ドル」。リリーは大手製薬の中で最も経営が優れ、メルクが懸念材料。
Jerry Lee氏・Nick Richet氏 J.P. Morgan(ヘルスケア投資銀行部門共同責任者) XBIは5年ぶり高値。「大型製薬各社はそれぞれ異なる独占期間切れ(LOE)の波に直面している」。
Jakob Emerson氏 Becker's Healthcare UnitedHealthは「ヘルスケア業界のApple」になりつつあり、AI投資額は約30億ドル、AI活用事例は1,000件超が稼働中。
「Vawb」氏 Wall Street Wildlife ノボは「PER10倍」でリリーの「PER40倍」に対して割安だが、バリュートラップ(割安の罠)の可能性もある。
Michael Kleinrock氏 IQVIA (Medicine Use Trends) 2025年の米国薬剤支出は6,060億ドル、前年比+10.6%。GLP-1薬の寄与は成長率のわずか1ポイント程度。
Ben Inker氏 GMO 米国大型グロース株は「AIバブル」で実質リターンはほぼゼロ、ヘルスケアへのローテーションのマクロ的根拠。

3. 注目トピック

GLP-1・肥満治療薬(今週の中心テーマ)。 リリーとノボの寡占構図(リリー優位でおよそ60対40)は、大きな追い風と競争激化の両方に直面している。7月1日、CMS(メディケア・メディケイドサービスセンター)は18か月間の「GLP-1ブリッジ」試験プログラムを開始した。対象となる高齢者はウゴービ、ゼップバウンド、および新たな2種の経口薬について月額50ドルの自己負担で利用できる(プログラムは2027年末まで実施)。リリー株は6月29日に1,238ドルの史上最高値をつけ、時価総額は約1.06兆ドルに達した。ノボの調査によれば、メディケア高齢者の75%が注射薬より経口薬を好むとされ、Foundayo対経口ウゴービの「ピル対ピル」競争が新たな戦線となっている。The Important Partでは、Liz Thomas氏とCaleb Silver氏が、二次的な勝ち組(プロテイン・食物繊維、エアフライヤー、冷凍庫、遠隔医療)と負け組(ネスレやモンデリーズなどの消費財大手)の構図を解説した。

イーライリリー。 GLP-1以外にも強気materialの根拠となっているのは、経口減量薬・アルツハイマー病治療薬・免疫疾患薬・腫瘍薬・非オピオイド系鎮痛薬といったパイプラインの厚みと、業界屈指のパテントクリフ耐性だ。チルゼパチド(マンジャロ/ゼップバウンド)は2036年まで特許保護されており、Evaluateの予測では2032年の売上高が700億ドル超、加えてFoundayo経口薬だけで250億ドル超に達する見込みだ(BioSpace)。LeerinkのDavid Risinger氏は目標株価を1,119ドルから1,232ドルに引き上げた(6月25日)。

ノボ ノルディスク。 弱気・割安論を巡る議論が続く。年初来株価は約45%下落、自社株買いは約23億ドル、人員削減は約9,000人(全従業員の約11%)に及ぶ。2月にはCagriSemaの頭対頭比較試験で敗北し、時価総額の約15%(約1,000億ドル)を1日で失った。その後の糖尿病治療薬の試験結果は予想を上回り、二次的な成長機会として評価された(Wall Street Wildlife)。

UnitedHealth。 7月16日の第2四半期決算発表を前に、センチメントは修復局面に入っている。BofAは目標株価を450ドルから475ドルに、モルガン・スタンレーは453ドルから468ドルに引き上げ(それぞれ6月24日、6月30日)、UNHが「マネージドケア決算全体にポジティブなトーンをセットするはず」と論じている。UNHはまた、Guardantの血液検査ベース大腸がんスクリーニング「Shield」について、45歳以上の平均リスク層(会員約4,000万人)を対象に8月1日付でカバレッジを開始する。BTIGによれば、これはGuardantにとって「非常に大きな」リスク低減イベントとなる(UnitedHealthcare policy)。

薬剤支出の背景。 IQVIAのMichael Kleinrock氏によれば、2025年の米国支出は6,060億ドル(前年比+10.6%、2024年は+14.4%)に達した。GLP-1薬の寄与は成長率のわずか約1ポイントにとどまり、残る9.6%は腫瘍領域、免疫疾患、神経領域に広く分散している。定価ベースの売上高は1兆3,630億ドルに対し、純額は6,060億ドルで、その差(グロス・ツー・ネット・スプレッド)は約6,700億ドルに上る(The Astonishing Healthcare Podcast)。

4. 主要な論点

ノボ ノルディスク:割安か、バリュートラップか?

  • 強気派: リリーのPER約40倍に対し約10倍の割安水準、配当、積極的な自社株買いとコスト削減、そして「悪材料の多くは既に織り込み済み」とされる依然として初期段階のグローバル市場。
  • 弱気派: 有効性・パイプライン両面で構造的にリリーに劣後する。「明確な優位性がない限り、買うべきではないほどの急激な下降トレンド」。トランプ政権の薬価引き下げ圧力は、国内企業のリリーよりデンマーク企業のノボに重くのしかかる(Wall Street Wildlife)。

大手製薬のM&A:賢明な事業再構築か、それとも焦りか?

  • 強気派: リリーは「GLP-1で得た潤沢なキャッシュを数多くの案件に投入」し、パテントクリフ到来のかなり前から事業の多角化を進めている。FDAの希少疾患領域における姿勢軟化は、臨床段階の資産の再評価につながっている。
  • 弱気派: メルクは警戒すべき事例だ。キイトルーダが売上高の50%超を占める一方、特許切れは2028年に迫る。過去10か月で3件の買収を実施し、「失敗の許されない状況」にある(Motley Fool)。

マネージドケア:マージン回復か、政策リスクか?

  • 強気派: 利用率は安定化しつつあり、医療費比率(MCR)は改善、売り手側の目標株価は7月16日決算に向けて引き上げられている。UnitedHealthはテクノロジー/ソフトウェアのプラットフォーム企業として自己変革を進めており(Becker'sによれば「ヘルスケア業界のApple」でAI投資額は約30億ドルに上る)。
  • 弱気派: メディケイドの就労要件、OB3(One Big Beautiful Bill Act)によるカバレッジ喪失、規制当局の監視強化(マサチューセッツ州のメディケイド不正請求訴訟)は、依然としてバリュエーションへの不透明感として残る。

5. 新たに台頭するテーマ

  • 「GLP-1エコノミー」の波及効果: プロテイン・食物繊維、家電製品、アルコール・消費財の需要減少、遠隔医療といった、製薬にとどまらない独立した投資テーマとしての側面(The Important Part)。
  • AI主導の創薬・臨床開発: 治験登録者数を「半減」させ、第3相試験で1日あたり約100万ドルのコスト削減を実現する合成対照群(The Drug Discovery World Podcast);NVIDIA BioNemoとSandboxAQによるバーチャルスクリーニング(Squawk on the Street)。
  • ペイヤーのプラットフォーム化: UnitedHealthはOptum Insightのソフトウェア(請求コーディング、手術室スケジューリング)や、会員5,000万人規模の司令塔「COVE」の収益化を進めている。
  • ヘルスケアへのディフェンシブ・ローテーション: GMOのInker氏は米国大型グロース株を「AIバブル」と位置づけ、ヘルスケア・バリュー株への資金流入を支える構図として捉えている(Excess Returns)。

6. M&Aトラッカー

買収者 対象企業 取引額 背景・目的
AbbVie Apogee Therapeutics 約109億ドル(49%のプレミアム) アトピー性皮膚炎向けIL-23阻害薬。免疫疾患領域(Skyrizi/Rinvoq)を強化
GSK Nuvalent 約106億ドル 精密腫瘍学分野
Sun Pharma Organon 約117.5億ドル 今年最大のクロスボーダー案件
Gilead Tubulus 非公表 JPMによれば欧州バイオテク企業の売り手側案件として最大規模
Eli Lilly Sangamo(資産) ストーキングホース入札 ゲノムプラットフォームおよびプリオン病プログラム。Sangamoはチャプター11(米連邦破産法11章)適用中(アステラスがファブリー病領域で入札)
Eli Lilly Abbisko(提携) 最大約19億ドル 複数標的の創薬提携
Innovent Lilly Verzenios(中国) 販売提携 Innoventが中国本土での輸入・マーケティング・流通を担当

年間ペース:年初来32件の10億ドル超案件、総額約1,230億ドルで2019年以来最強のペース(Motley Foolによる)。JPMによれば、XBIは5年ぶり高値をつけ、史上最大規模のバイオテクIPO(Kylara)およびフォローオン(Revolution Medicines)も見られた(Making Sense)。

7. 規制動向

  • メディケア「GLP-1ブリッジ」(7月1日): 史上初のメディケア肥満治療薬保険適用。月額自己負担50ドル、2027年12月31日まで実施(時限措置)。Leerinkは、最終的にリリー・ノボ両社にそれぞれ年間約10億ドルの収益貢献を見込む。
  • 対ドイツ通商法301条調査: トランプ政権はドイツ国内の薬価統制を「不公正な慣行」として標的にしている。業界幹部の間では関税よりもドイツの制度そのものへの懸念が強いとの声もある(The Trade Guys)。
  • 最恵国待遇(MFN)価格: 17社のメーカーとの任意合意を通じて導入が進行中。通商拡大法232条に基づく製薬関税は7月31日から段階的に発効し、国内生産計画を持たない企業に対しては9月までにデフォルト税率100%へと引き上げられる見込み。医療機器は現時点で232条の対象外(The White HouseSidley)。
  • 340B/OB3: HRSA(保健資源事業局)は340Bリベートモデルの拡大を進めている。One Big Beautiful Bill Actにより、今後数年のメディケイド/ACA(医療保険制度改革法)カバレッジ喪失を通じて非営利病院の格下げリスクが高まる(Achieving Health)。
  • メディケイド就労要件: 民主党系25州とワシントンD.C.がCMSの暫定最終規則を巡り提訴(Becker's)。
  • FDAの承認モメンタム: 今週の承認案件には、アストラゼネカ/第一三共のT-DXd(早期HER2陽性乳がん)、Ionisのトリンゴルザ(業績見通しを8億7,500万~9億ドルに上方修正)、GSK/Speroの経口テビペネム、ジェネリックのバロキサビルが含まれる。一方、uniQureおよびRegenxbioは希少疾患領域で承認見送りとなり(第3四半期に再申請予定)、リリーのインディアナ州レバノン工場はFDAの「PreCheck」製造パイロットプログラムに選定された(6月29日)。

8. 今週の注目イベント

  • 7月7日: Vera TherapeuticsのPDUFA(atacicept、IgA腎症)。
  • 7月16日: UnitedHealthの第2四半期決算発表がマネージドケア決算シーズンの幕開けとなる。マージン回復シナリオの試金石(医療費比率に注目)。
  • 7月17日: CelcuityのPDUFA(gedatolisib、進行乳がん)。
  • 7月24日: 通商法122条に基づく医療機器関税10%が失効予定(延長申請がない限り)。
  • 7月31日: 通商拡大法232条に基づく製薬関税が段階的に発効開始。
  • 継続注目: GLP-1ブリッジの初期利用データ。ピル対ピル(Foundayo対経口ウゴービ)のシェア動向と、リリー・ノボの需要への波及を注視。